台風と美女
誰かが言っていた。
台風を口実に女性の家に一晩泊めてもらいたいと。
言ったやつは男だった。
一般的に逆のことはよく語られるものだが、男が女の家に一晩泊めてくれとは古今きいたことがない。
良く物語られる話のタイプでは、女が泊まりにくる。
泊りにきた女には何かがある。
恩返しにきたのかもしれないし、あるいは男を殺しにきたのかもしれない。
物語の嚆矢となりがちである。
対して男が女の家に、とは上の例のような童話やホラーのようなたぐいではそうそう見かけない。
この理由には、男が訪ねてくるというエピソードは物語には向かないことが考えられる。
男が女を突然訪ねていくなんて、現実を見れば目的はちょっとした情事しかないではないか。
そんなの、生々しくて広く語れる話にはできない。
<夏の怖い話>
お母さん「みっちゃん、今日は怖いお話をしてあげるわね。あるところに女の人がひとりで暮らしてたの。ある台風の夜にね、突然玄関のベルがなって、びっくりしながらどちら様ですかってきいてみたのね。そしたら、ひどく震えた声の男の人が、台風で帰れなくなったから今夜一晩泊めてくれって言ってきたの。女の人はとてもやさしかったから、泊めてあげることにしたそうよ。そうして生まれたのがあなたよ。」